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前を向いて「ひまわり」 maehimawar.exblog.jp

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65歳定年(パート)で仕事を辞め、さぁ人生これからと思ったら、主人のガンがみつかりました。そんな状況の中でも前向きに行きたい。


by maehimawari
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秋がそこまで


今朝、北側のキッチンの窓から冷たい風が入ってきて
久しぶりに息ついた。

あぁ、ようやくあの猛暑から解放されるのかな?
イヤ、まだ油断ならぬ地球の異常現象・・・

それでも、今朝は秋がそこまで来ている感がした。
歩きやすくなったが、今朝は銀行さんが来たので買い物だけ。

今時分、銀行さんが来てくれるとは、相当なお金持ちのようだが
全く逆で、ファンドは止めたのだが、大部前のファンドが一つあった。

どうやら、ファンドがあるとマイナンバー等の変更手続きが必要で
窓口まで行かねばならなかったが、大宮なので窓口へ行けないのである。

よって、銀行さんも困ったお客さんだけど
ご親切に来てくれたわけで、色々お勉強させてもらいました。



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知り合い1号さんの畑の唐辛子。
今日は全部真っ赤になってぶら下がっていました。


唐辛子は、主人が大好きで夏になると、葉唐辛子を買って来て
くっついている唐辛子と一緒に油でいためた後
生醤油で煮て辛くて「ウハウハ」しながら食べた
我が家の夏の風物詩・・・

思い出すな〜。ちなみに、今はのどの粘膜が弱くなって
唐辛子は食べられなくなりました。

こうやって、一つ一つ現実を受け入れて行かねばです。

そして、これから甲子園は決勝戦!
現実は受け入れねばです。
ドキドキして来ます。楽しみだな〜^^


by maehimawari | 2019-08-22 13:22

また 叔母逝く94歳


今朝父方の従兄から、昨夜叔母が亡くなったと連絡があった。

叔母は、先日(7月21日告別式)亡くなった
東京の叔母の妹で、従兄の母上で94歳であった。

この5年ぐらいは寝たきりで
ディサービスを利用したりしていたが元気で
昨晩もちゃんと夕飯を食べ、
従兄が身体を拭いてやっている時に、突然吐いたので
「どうした?」と声掛けしたら、もう、それっきりだった。という。

全く苦しむことなく、ごく普通に「えっ?」というぐらい
あっさりと、息子に身体を拭いてもらいながら逝ってしまったらしい。

叔母と最後にあったのは、4年前の私の兄の葬儀の時で
事情があって私はその時、叔母の家
つまり従兄の家に4泊させてもらった。

叔母はベッドと車椅子生活であったが、元気いっぱいだった。

「昭〇(兄)の事はめじょげら(可哀想)だども、運命だこてや」
と私を慰め、我が実家の土地は、
全部従兄に譲渡する事も納得してくれた。

叔母は、父の妹であるから
叔母にとっても私の実家は実家であり、しょっちゅう寄ってくれた。

母の入院の世話も、母亡きあと私の里帰りのたんび
ぜんまいを煮て、子供にはお小遣いを用意してくれた。

その後の兄の面倒も従兄と一緒にみてくれて
さんざん、お世話になったのだ。

何としても、いの一番に駆けつけなければならぬ立場なのであるが
情けないかな。新潟までとても行けない。

従兄は重々承知ではあるけれども・・・



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従兄の家にも沢山咲いているヒメオウギスイセン
田舎ではこれをお盆とかお墓の供花にする。



従兄もこの間、東京の叔母の葬儀の話をしたばかりで
まだ、1か月も経っていない。2週間余である。
電話の最中でも全く信じられない様子であった。

東京の叔母が亡くなって、気落ちはしたようであったが
そんなそぶりも見せず元気だったようで
それがむしろ悲しい。

また、田舎が遠くなった。
大きな穴があいてしまった。















by maehimawari | 2019-08-03 13:18

花にセミの殻


駐車場の奥の草むらに可愛い花を見つけた。


よく見れば、かっては子供が夏になると追いかけた
セミの抜け殻がしがみついていた。




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抜け殻をみつけて喜んだその子供は親になり
その子供が私の孫になった。


親子2代で追いかけた夏の思い出。
孫はこの猛暑の中をどうしているだろう・・・


やっぱり虫捕りしてるのだろうか。




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いや、元気でさえいれば それでいい。


by maehimawari | 2019-08-01 12:42

菜の花 見納めの富士


今日は寒くて調子が狂ってしまいますが
少しでも歩こうと、近所の畑の菜の花を見に。

テレビでは、習志野高校が優位に試合を進めていたようだった。
ながら見だったのでよく覚えていないが。

習志野高校といえば、現ヤクルトの小川監督が
投手として甲子園優勝(夏か?選抜か?忘れた)した時の
あの優勝行進が今も脳裏にくっきり残っている。

どんだけ昔から高校野球に励まされていたんだろう・・・
そんな事を考えながら畑に行った。


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ここは何時も来る神社公園のすぐ近く。
越したらおそらく寄らないかもしれないな。
畑として来年存続しているかどうか?も分からないし・・・


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緒喝采も咲いていた。

黄色と紫、好きな配色綺麗だね。
桜ももうじきだな。今週はしっかり休んで体重を戻したい。
体力が欲しいな~~。

命より大切なものなど何にもなかった。



。。。。。



今朝、富士山が見えた。


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これから見える日がどんどんなくなる。
夏は湿気が多くなるから見えない。

空気が澄む冬にはもうここに居ないから
そして、ここに居る間どれだけブログが書けるか?

おそらく、これが見納めだと思う。


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これが3月18日
あんまり変わらないけれど・・・

私に沢山の夢を見せてくれた富士山。
笑顔を沢山プレゼントしてくれた。
富士山を見ると前向きになれた。

ありがとう  忘れない。



by maehimawari | 2019-03-24 13:29

昔のあの重たいアルバムを整理したいとずっと思っていた。

整理のきっかけは、ここに越す時に私と主人のアルバムは
中の数枚の写真を剥がして残し、アルバム本体は処分していた。

息子達が生まれてからのアルバムは、そこまで出来ず
ここにそのまま持ってきた。

そして、仕事をしながら、合間を見て残す写真を剥がし
アルバムは捨てるという作業を進めて来た。
結構、何年もかかってしまった。

昨夏、ペースメーカーを入れてしばらくすると
激しい猛暑で身の危険を感じ
アルバムの整理を急ごうと思った。


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右上が古いアルバム(まだ写真を剥がしていない残ったもの)
その下が整理したファイルにまとめたもの。

グリーンのA4コピー用紙に、長男用と次男用に仕分け
貼り付け、生まれた時から小学校の卒業式までを
1冊ずつにまとめた。


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上が長男用、下が次男用で昨夏完成!

1冊ずつにまとめるために
かなりの写真やアルバムを捨てたがスッキリした。


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中は選んだ写真のみ。


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使用クリアファイルは、30穴用ファイルで
本体に差し込める20枚入りクリアファイルも何冊か購入。

写真は、A4グリーンコピー用紙に上記のように
貼ったものを2枚裏袷に重ねると
裏表写真が入った状態になった。


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これは、2015年に捨てたアルバム。

他に何冊あったか?写真を全部取っていなかったので
もう忘れてしまったが
とても、とても、一朝一夕には出来ない作業であった。

完成させるまでには、ここに越してから着手だから
14年もかかってしまった事になる。

何より、当時の事が思い出されてしまって
1つのアルバムからどの写真を選ぶか?

さらに、兄弟バランスよく整理しなければならず苦労もし
疲れてしまうので少しずつしか進まなかったのだ。

しかしながら、私の一番楽しい時代だったし
完成させることが出来て大変嬉しく思う。

二人は、いらないなぁ~と言う顔をしていたが
大人しくもらってくれた。

私の自己満足であるが
終った時は「ばんざ~い」であった。

ちなみに、今回の退居で書棚も処分するので
ちょうどよかった。

アルバムもその運命を知っていたのかも知れない。


by maehimawari | 2019-02-07 13:40


我が町には百貨店が無いので
ギフトの購入やお礼を贈るのに大宮の「そごう」へよく行きます。

ところが、今年の猛暑前からペースメーカー入れたりなどで
電車に乗ったりの外出が全くできない状態でした。

主人の一周忌も過ぎて
あちこち、お返しやお礼を贈りたいのに気ばかり焦る日々でしたが
一昨日、ようやく電車に乗って大宮へ行って来ました。

大宮は電車に乗ればすぐで
去年までは何かとまるで我が庭のごとく行っていたのに

なんと今年は大宮が遠くなってしまったかと
情けない思いをしていましたが
ようやく、一昨日念願のお礼品が贈り終えて一安心です。

たかが大宮へ されど大宮へでした。


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向かって左がそごうで右の高いビルはソニックシティ。
その前がパレスホテル(上の孫の七五三のお祝いの食事はここで)


大宮で24年ぐらい暮らした昔の古い我が家は
この先を真っ直ぐ行って左に入ってじきのところ。
もう、取り壊して面影もないですが

新しく買った家もこの先道なりに
しばらく行って右に折れた所だった。

大宮で30年以上も暮していて、この西口駅前通りは
朝の通勤で15年も通ったのでした。

久しぶりに大宮へ行けたよろこびか?
とても懐かしく思えしみじみ眺めました。

今の地に越した頃はいつか必ず、また、大宮へ帰ろう!
そう思ってがむしゃらに働きましたが
今はもう忘れてしまいました。


見慣れた街並みに様々な想いが重なって
一昨日は妙に感傷的になったようでした。


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大宮駅の待ち合わせ場所として有名な
モニュメント「マメの木」です。
昔はここで沢山の待ち合わせをしました。


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駅ビル「ルミネ」2階からみた駅構内
昔はもっと写真撮りやすい場所が沢山ありましたが
今は入れる場所がなく、お店の片隅から覗きました^^

これしきの事で疲れましたが
ゆっくりゆっくり進みます。


by maehimawari | 2018-10-11 13:42


昨日はスピードスケートの小平選手の金メダルと
連日嬉しいニュースが続いています。

今、テレビでスキーの女子ハーフパイプを観ながら
大昔のスキー大会を思い出しています。


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それは、私が中学1年時のスキー大会の事。

当時はスキー場は無かったですが
外に出れば一面の銀世界で、すべてがゲレンデという雪国育ち。

しかしながら、スキー靴を履ける子は少数時代。
みんな、長靴にスキー板の金具を止めて滑っていました。

リレーの選手に選ばれた私はトップ滑走。
もちろん長靴スキー組。

張り切って、かなりのスピードで飛び出し
せっせと、スキーをㇵの字の逆に山を登りました。

さぁ、後は滑り降りて、今来た道を折り返して~~

と思った途端、何とスキー板の金具が長靴から外れ
片方が谷側へするすると滑り落ちました。

その時、我が身に一体何が起きたか?
頭が真っ白とはこの事。

ハッと我に返り
ずぼずぼ雪の中をかけ降りてスキーを拾い
必死でスタート地点に戻りました。

多分、山を滑り降りていなかったと思います。
谷側の雪の中を長靴で泳いだ感じです。

もう、記憶があいまいですが
とにかく、リレーですから私が帰らないと
バトンタッチが出来ないのでとにかく帰ったのでした。

もう、かなりの遅れで多分スタート地点にいた人には
詳細は分からなかったと思いますが
忘れられない思い出です。

その後の私の人生は結構こんな感じです。



by maehimawari | 2018-02-19 14:42 | Comments(8)

雪への憧憬と郷愁



今年は埼玉に2回目の雪が降った。

もういいよ。と思いながら
今日も降れば舞う雪を追いかけてしまう。

1回目のあの大雪の日は
奇しくも兄の3回目の命日である1月22日であった。
(三回忌はすでに永代供養で済ませている)

私は兄が雪となって会いに来たのだと思った。

兄は3年前、極寒の新潟の豪雪地で独り逝った。
母も父も兄もすべて雪が降る中を逝ってしまった。

たった二人きりの兄妹で
兄は独身であったので子供もいない。

残った私は、明治生まれの祖父母の代から
明治、大正、昭和、平成と3代に渡って受け継がれた
農家を兄の亡くなった年に閉じた。

今、実家のあった宅地は農地に変わって
父方の従兄に受け継がれ
魚沼産コシヒカリが作られている

実家の建物がない雪景色をまだ私は見ていない。

しかしながら、脳裏にははっきり見える。
かって実家のあった雪景色と実家の無い雪景色
その二つがはっきり見える。

私の魂は雪が降ると
実家があろうとなかろうと完全に故郷に戻る。

この感情は、おそらく主人には分らなかっただろう。
我が息子達にもわからないものだろう。

雪国で生まれ育った者のみが持つ
雪への憧憬と郷愁だと思うからです。


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3年前の兄の葬儀の時の実家付近。
(この頃は、当然であるがまだ実家はあった)









by maehimawari | 2018-02-02 13:38 | Comments(12)

雪遊び「ばっぱ踏み」




今日は血圧の病院へ行く日でした。

朝早めに、外に出ると道路は凍っていて
そろそろと坂を上る。

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道路は雪かきしてありますが
結構まだまだ雪はあります。

。。。。。。


昨日、雪かきしながら
孫は犬じゃないけどこの雪の中を
きっと、泳ぐようにして遊んでいるんだろうな?

そう思って、自分も子供の頃の雪遊び
「ばっぱ踏み」を思い出してやり始めましたが
なにせ、これ以上無理すると
また、あちこち痛くなってもと途中でやめました。

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「ばっぱ踏み」というのは、
雪の平面に自分の城(居場所)
を踏み固めながら作っていくのです。

上記の写真は、一部でよく分りませんが
こうして、どんどん踏んでいきます。

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分かりやすく言うと、この住宅見取り図のように
部屋を一つ一つ踏んで作るのです。

こんなに広くはありませんが
今でいう所のワンルームだったり
2DKぐらいか?

当然、境目は雪を残して版画の様な感じですかね。

広い雪面と、根気と忍耐と想像力(創造力)
のいる作業だと思います。

当時、山スキーや雪合戦、色々な外遊びはありましたが
これは一人でも出来るし、私は好きでした。

当時はリビングなんてないし、
囲炉裏のある部屋も作ったり・・・

その日出来上がらず、翌日といっても
雪が降ってすべて平らに消してしまいます。

そこでまた、せっせと踏むのです。
自分だけの城を作るために
時には基地にしてみたり。

これで誰にも負けない根気がついたはずでしたが
残念ながら時の流れはすべて消し去って
記憶だけが残りました。

私が思いがけず頭の中で
「ばっぱ踏み」に興じていたころ
我孫達は、学校は何とか行きましたが
今年から行き始めた「公文」などパス。

「公文に行ってる場合じゃない」と
学校や公文は何時でも行けるが雪はそうは無いと・・・

たしかに言われてみれば…
やはり、私の想像通りであった。
雪の中を二人でじゃれ合い遊んだらしい。

長男のメールにそう書いてありました。








by maehimawari | 2018-01-24 13:26 | Comments(10)

鯉の夢




今年もとうとう初夢とは縁遠かったかなと思います。

初夢をネット検索したら
その年最初にみた夢で、元旦の夜にみた夢
または、2日の夜にみた夢となっていましたが
私の場合、いずれも全く記憶にありませんでした。

そこで、夢で思い出しましたが
随分と長い間「鯉の夢」(恋でなくて残念)をみると
風邪を引くという不思議な経験があります。


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私は子供の頃、母の実家であるTちゃん家に行って
泊まったり入りびたりで遊んでいました。

そして、ある夏の暑い日、小学校3~4年?
伯父(母の兄・Tちゃんの父)が大切に
飼っていた錦鯉や真鯉が泳いでいる池に入って
鯉を捕まえようと遊んでしまいました。

もちろんTちゃんは嫌がったと思うし
そそのかしたのは私です。

鯉は結構大きくて、ヌルっと捕まえられませんで
夢中で追いかけまわしていたところ
ある瞬間、鯉たちが一斉に私めがけて突進して来て
ブルっと恐怖を感じて逃げようとしましたが
時、すでに遅しふくらはぎに嚙みつかれてしまいました。

伯父にこっぴどく怒られたのは言うまでもありませんが
家に帰されたのか?母にも怒られたのか?
その後の記憶は真っ白で全くありません。

どうやら、その後「鯉の夢」をみる時があり
気付くと風邪を引いてしまうのです。

小学校の頃は精勤賞をもらうなど
風邪もひかなかったので分らなかったのですが
思春期を迎えた頃から、ほんとにたまに
結婚して子育て中にも
ここに越してからも2~3回くらいあったと思います。

最近は、あまり見ないので
年を重ねて感性もなくなり
(元から無いともいう)
神通力が無くなったのかな?と
少しほっとした部分もあります。

ちなみに、霊感は全くなく鈍感です。
でも、忘れられない「鯉の夢」です。


by maehimawari | 2018-01-05 13:16