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前を向いて「ひまわり」 maehimawar.exblog.jp

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65歳定年(パート)で仕事を辞め、さぁ人生これからと思ったら、主人のガンがみつかりました。そんな状況の中でも前向きに行きたい。


by maehimawari
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菜の花 見納めの富士


今日は寒くて調子が狂ってしまいますが
少しでも歩こうと、近所の畑の菜の花を見に。

テレビでは、習志野高校が優位に試合を進めていたようだった。
ながら見だったのでよく覚えていないが。

習志野高校といえば、現ヤクルトの小川監督が
投手として甲子園優勝(夏か?選抜か?忘れた)した時の
あの優勝行進が今も脳裏にくっきり残っている。

どんだけ昔から高校野球に励まされていたんだろう・・・
そんな事を考えながら畑に行った。


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ここは何時も来る神社公園のすぐ近く。
越したらおそらく寄らないかもしれないな。
畑として来年存続しているかどうか?も分からないし・・・


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緒喝采も咲いていた。

黄色と紫、好きな配色綺麗だね。
桜ももうじきだな。今週はしっかり休んで体重を戻したい。
体力が欲しいな~~。

命より大切なものなど何にもなかった。



。。。。。



今朝、富士山が見えた。


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これから見える日がどんどんなくなる。
夏は湿気が多くなるから見えない。

空気が澄む冬にはもうここに居ないから
そして、ここに居る間どれだけブログが書けるか?

おそらく、これが見納めだと思う。


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これが3月18日
あんまり変わらないけれど・・・

私に沢山の夢を見せてくれた富士山。
笑顔を沢山プレゼントしてくれた。
富士山を見ると前向きになれた。

ありがとう  忘れない。



by maehimawari | 2019-03-24 13:29

昔のあの重たいアルバムを整理したいとずっと思っていた。

整理のきっかけは、ここに越す時に私と主人のアルバムは
中の数枚の写真を剥がして残し、アルバム本体は処分していた。

息子達が生まれてからのアルバムは、そこまで出来ず
ここにそのまま持ってきた。

そして、仕事をしながら、合間を見て残す写真を剥がし
アルバムは捨てるという作業を進めて来た。
結構、何年もかかってしまった。

昨夏、ペースメーカーを入れてしばらくすると
激しい猛暑で身の危険を感じ
アルバムの整理を急ごうと思った。


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右上が古いアルバム(まだ写真を剥がしていない残ったもの)
その下が整理したファイルにまとめたもの。

グリーンのA4コピー用紙に、長男用と次男用に仕分け
貼り付け、生まれた時から小学校の卒業式までを
1冊ずつにまとめた。


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上が長男用、下が次男用で昨夏完成!

1冊ずつにまとめるために
かなりの写真やアルバムを捨てたがスッキリした。


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中は選んだ写真のみ。


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使用クリアファイルは、30穴用ファイルで
本体に差し込める20枚入りクリアファイルも何冊か購入。

写真は、A4グリーンコピー用紙に上記のように
貼ったものを2枚裏袷に重ねると
裏表写真が入った状態になった。


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これは、2015年に捨てたアルバム。

他に何冊あったか?写真を全部取っていなかったので
もう忘れてしまったが
とても、とても、一朝一夕には出来ない作業であった。

完成させるまでには、ここに越してから着手だから
14年もかかってしまった事になる。

何より、当時の事が思い出されてしまって
1つのアルバムからどの写真を選ぶか?

さらに、兄弟バランスよく整理しなければならず苦労もし
疲れてしまうので少しずつしか進まなかったのだ。

しかしながら、私の一番楽しい時代だったし
完成させることが出来て大変嬉しく思う。

二人は、いらないなぁ~と言う顔をしていたが
大人しくもらってくれた。

私の自己満足であるが
終った時は「ばんざ~い」であった。

ちなみに、今回の退居で書棚も処分するので
ちょうどよかった。

アルバムもその運命を知っていたのかも知れない。


by maehimawari | 2019-02-07 13:40


昨日はスピードスケートの小平選手の金メダルと
連日嬉しいニュースが続いています。

今、テレビでスキーの女子ハーフパイプを観ながら
大昔のスキー大会を思い出しています。


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それは、私が中学1年時のスキー大会の事。

当時はスキー場は無かったですが
外に出れば一面の銀世界で、すべてがゲレンデという雪国育ち。

しかしながら、スキー靴を履ける子は少数時代。
みんな、長靴にスキー板の金具を止めて滑っていました。

リレーの選手に選ばれた私はトップ滑走。
もちろん長靴スキー組。

張り切って、かなりのスピードで飛び出し
せっせと、スキーをㇵの字の逆に山を登りました。

さぁ、後は滑り降りて、今来た道を折り返して~~

と思った途端、何とスキー板の金具が長靴から外れ
片方が谷側へするすると滑り落ちました。

その時、我が身に一体何が起きたか?
頭が真っ白とはこの事。

ハッと我に返り
ずぼずぼ雪の中をかけ降りてスキーを拾い
必死でスタート地点に戻りました。

多分、山を滑り降りていなかったと思います。
谷側の雪の中を長靴で泳いだ感じです。

もう、記憶があいまいですが
とにかく、リレーですから私が帰らないと
バトンタッチが出来ないのでとにかく帰ったのでした。

もう、かなりの遅れで多分スタート地点にいた人には
詳細は分からなかったと思いますが
忘れられない思い出です。

その後の私の人生は結構こんな感じです。



by maehimawari | 2018-02-19 14:42 | Comments(8)

雪への憧憬と郷愁



今年は埼玉に2回目の雪が降った。

もういいよ。と思いながら
今日も降れば舞う雪を追いかけてしまう。

1回目のあの大雪の日は
奇しくも兄の3回目の命日である1月22日であった。
(三回忌はすでに永代供養で済ませている)

私は兄が雪となって会いに来たのだと思った。

兄は3年前、極寒の新潟の豪雪地で独り逝った。
母も父も兄もすべて雪が降る中を逝ってしまった。

たった二人きりの兄妹で
兄は独身であったので子供もいない。

残った私は、明治生まれの祖父母の代から
明治、大正、昭和、平成と3代に渡って受け継がれた
農家を兄の亡くなった年に閉じた。

今、実家のあった宅地は農地に変わって
父方の従兄に受け継がれ
魚沼産コシヒカリが作られている

実家の建物がない雪景色をまだ私は見ていない。

しかしながら、脳裏にははっきり見える。
かって実家のあった雪景色と実家の無い雪景色
その二つがはっきり見える。

私の魂は雪が降ると
実家があろうとなかろうと完全に故郷に戻る。

この感情は、おそらく主人には分らなかっただろう。
我が息子達にもわからないものだろう。

雪国で生まれ育った者のみが持つ
雪への憧憬と郷愁だと思うからです。


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3年前の兄の葬儀の時の実家付近。
(この頃は、当然であるがまだ実家はあった)









by maehimawari | 2018-02-02 13:38 | Comments(12)

雪遊び「ばっぱ踏み」




今日は血圧の病院へ行く日でした。

朝早めに、外に出ると道路は凍っていて
そろそろと坂を上る。

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道路は雪かきしてありますが
結構まだまだ雪はあります。

。。。。。。


昨日、雪かきしながら
孫は犬じゃないけどこの雪の中を
きっと、泳ぐようにして遊んでいるんだろうな?

そう思って、自分も子供の頃の雪遊び
「ばっぱ踏み」を思い出してやり始めましたが
なにせ、これ以上無理すると
また、あちこち痛くなってもと途中でやめました。

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「ばっぱ踏み」というのは、
雪の平面に自分の城(居場所)
を踏み固めながら作っていくのです。

上記の写真は、一部でよく分りませんが
こうして、どんどん踏んでいきます。

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分かりやすく言うと、この住宅見取り図のように
部屋を一つ一つ踏んで作るのです。

こんなに広くはありませんが
今でいう所のワンルームだったり
2DKぐらいか?

当然、境目は雪を残して版画の様な感じですかね。

広い雪面と、根気と忍耐と想像力(創造力)
のいる作業だと思います。

当時、山スキーや雪合戦、色々な外遊びはありましたが
これは一人でも出来るし、私は好きでした。

当時はリビングなんてないし、
囲炉裏のある部屋も作ったり・・・

その日出来上がらず、翌日といっても
雪が降ってすべて平らに消してしまいます。

そこでまた、せっせと踏むのです。
自分だけの城を作るために
時には基地にしてみたり。

これで誰にも負けない根気がついたはずでしたが
残念ながら時の流れはすべて消し去って
記憶だけが残りました。

私が思いがけず頭の中で
「ばっぱ踏み」に興じていたころ
我孫達は、学校は何とか行きましたが
今年から行き始めた「公文」などパス。

「公文に行ってる場合じゃない」と
学校や公文は何時でも行けるが雪はそうは無いと・・・

たしかに言われてみれば…
やはり、私の想像通りであった。
雪の中を二人でじゃれ合い遊んだらしい。

長男のメールにそう書いてありました。








by maehimawari | 2018-01-24 13:26 | Comments(10)

鯉の夢




今年もとうとう初夢とは縁遠かったかなと思います。

初夢をネット検索したら
その年最初にみた夢で、元旦の夜にみた夢
または、2日の夜にみた夢となっていましたが
私の場合、いずれも全く記憶にありませんでした。

そこで、夢で思い出しましたが
随分と長い間「鯉の夢」(恋でなくて残念)をみると
風邪を引くという不思議な経験があります。


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私は子供の頃、母の実家であるTちゃん家に行って
泊まったり入りびたりで遊んでいました。

そして、ある夏の暑い日、小学校3~4年?
伯父(母の兄・Tちゃんの父)が大切に
飼っていた錦鯉や真鯉が泳いでいる池に入って
鯉を捕まえようと遊んでしまいました。

もちろんTちゃんは嫌がったと思うし
そそのかしたのは私です。

鯉は結構大きくて、ヌルっと捕まえられませんで
夢中で追いかけまわしていたところ
ある瞬間、鯉たちが一斉に私めがけて突進して来て
ブルっと恐怖を感じて逃げようとしましたが
時、すでに遅しふくらはぎに嚙みつかれてしまいました。

伯父にこっぴどく怒られたのは言うまでもありませんが
家に帰されたのか?母にも怒られたのか?
その後の記憶は真っ白で全くありません。

どうやら、その後「鯉の夢」をみる時があり
気付くと風邪を引いてしまうのです。

小学校の頃は精勤賞をもらうなど
風邪もひかなかったので分らなかったのですが
思春期を迎えた頃から、ほんとにたまに
結婚して子育て中にも
ここに越してからも2~3回くらいあったと思います。

最近は、あまり見ないので
年を重ねて感性もなくなり
(元から無いともいう)
神通力が無くなったのかな?と
少しほっとした部分もあります。

ちなみに、霊感は全くなく鈍感です。
でも、忘れられない「鯉の夢」です。


by maehimawari | 2018-01-05 13:16

記憶のポケット…水枕




今朝、ベッドに渡すテーブルを
レンタルしましたので
業者さんが持ってきてくれて
トイレの手すりも付いて
介護環境は大分整いました。

ただ、主人は昨晩夕飯の支度が出来た頃
突然、さっき食べたからいらないと言って
ベッドの上から起きて来ません。

何か様子が変で
熱を測ると38度6分もありました。
往診の先生に電話しようかと思ったのですが
頓服をもらっていたので
それを取り敢えず飲ませました。

頭を冷やしたいのですが
アイスノンは冷やしておらず
「確か、何処かに水枕があったはず・・・」
ここに越す時新しいのを買ったばかりで
持ってきた記憶がありました。

記憶のポケットを探りよせ
もしかしたら、次男の押し入れの天袋の中?
そんな感じで探すとありました。

アイスノンが冷えるまで
久しぶりの水枕の登場でした。

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早速、頭の下に氷ゴロゴロ
水枕を入れてあげると
気持ちよさそうでした。

きっと主人は熱があって食欲がなかったので
面倒くささも手伝って
「さっき食べたからいらない」と
言ったのだと思います。

でも、様々なシーンで主人は記憶のポケットが
少しずつほころびかけて苦労しているようです。

私も本当に物忘れがひどく
長男夫婦が心配している事をすっかり忘れ
報告が遅くなってしまいました。
反省、反省です。

でも、今日は嬉しい事が・・・
ダルビッシュ投手がようやく勝てて
9勝目を挙げました。
7回を3安打無失点でした。
本来のダルビッシュ投手が戻って来ました。

それと、昨日夕飯食べられなかった主人は
なんと、今日のお昼にお寿司1人前
ペロリと食べました。
食べ過ぎかもしれませんがほっとしました。


by maehimawari | 2017-09-14 14:43

夕焼けの嫁




昨日の夕暮れ
西の空に夕日が沈んで、周りを薄く
うっすらオレンジ色に染めた。

最近、真っ赤に染まった夕焼けに
とんと出会えていないが
それでも、会えばほっとする。

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私の中学校の卒業記念文集の
タイトルは「夕焼け」だった。

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そして、その文中に
夕焼けだけは私の話を黙って聞いてくれて
癒してくれる。だから私は夕焼けの嫁になりたい・・・
のような事が書かれている。

周りのみんなが、将来の夢や卒業に向けて
語っているのに、昔から随分とぼけていたのだな~。

先生に卒業文集を書くようにと
原稿用紙を渡された日
学校の帰りに真っ赤な夕焼けを見た。

新潟の豪雪地帯である。
深い山間に囲まれた
空が真っ赤に染まって色々私に語り掛ける。

あぁ、いつかこの山間を飛び出し
地平線に沈む夕日がみたいな。
そんな風に思った記憶がある。

その後すぐ、私は2階から落ちて
足の甲を複雑骨折して村の診療所に
2か月も入院する事になってしまうのだが
卒業文集の原稿は、多分翌日提出していたと思う。

私が学校を休んでいる間
卒業文集の書き方のお話が
3年生全員体育館に集まって行われたらしく
あまり好きではない国語の先生が
私の「夕焼け」を読んで
作文は、こうして思った事を正直に書きなさい。
と言ったのだという。

学校の帰り、見舞いに来た同級生から聞いた。
ただ、先生は作者の名前を言わなかったから
ちょっとみんなが誰?誰?と騒いだらしい。
ここに居ない人は「ひまわり」だ。となったらしい。

その後、私の人生において
夕焼けに感動したのは数え切れない。
今でも、夕焼けを見ると
たった1回褒められた貴重な出来事が
くっきりと思い出される。
あまり褒められたことがない子供は
50年以上が経ってもこうして覚えているのである。
笑ってしまう・・・

そして、元気になるのである。




by maehimawari | 2017-08-26 14:02 | Comments(10)



昨日は、朝から新潟豪雨のテレビニュースに
くぎ付けでした。

ネットでは、避難勧告が出た魚沼市に
一昨年まで我が実家があった
地区が入っていました。
従兄の所もSYさんの所も入っています。

心配でしたが、今は避難準備で忙しいかも?
と思い、お昼頃まで待って従兄に電話。

すると、確かに雨は凄いが大分小降りになって
家で様子見しているとの事。
従兄の母上(90歳以上)は要介護ですので
簡単に大雨の中外に連れ出せません。

そして、今朝はいつも主人の事で
心配してくれるSYさんに電話しました。
どうやら、お昼過ぎには雨が止んだらしく
避難の用意はしただけで済んだとの事でした。

私などがおこがましいのですが
被害に遭われた方々には
心よりお見舞い申し上げます。

。。。。


私は一昨年の1月に、独身で独居の兄を亡くし
明治、大正、昭和、平成と三代続いた農家を
閉めたというか処分しました。

豪雪極寒の中、兄の葬儀を済ませ雪解けを待って
納骨、永代供養、実家解体。

実家の宅地を農地変更、
そして、相続した土地(山林・農地など)
を従兄に譲渡しました。

今、私の実家は形がなくなり
名実ともに「心の故郷」になってしまいました。

不思議です。
もう、家がないのに
今なお私の魂は
新潟の故郷に存在するのです。

今回の豪雨で私の気持ちは
故郷に集う親戚や友
兄の田んぼ(従兄弟が継いでる)
にとんでいました。

故郷を出てから、故郷を忘れた事はないですが
実家があるうちは、いずれ訪れるから
という暢気さがありました。

しかし、本当にその立ち寄る家が無く
拠り所を失ったという事が
こんなに寂しいものだったとは
思いもよりませんでした。

もうすぐ、お盆が来ます。

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在りし日の実家の池の周りには
この花「ヒオウギスイセン」が沢山咲いていて
お墓に飾ったものでした。

今年も主人の病気があり
兄の墓前まで行けそうもありません。

従兄に草取りと供花をお願いしました。
本当に従兄の存在は有難い事です。



by maehimawari | 2017-07-19 10:44 | Comments(8)

クチナシ




今日、図書館へ行く道すがら
あの独特の芳香が漂って来ました。

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あぁ、クチナシ
この芳香は
忘れたはずの昔の家を思い出させる。

友にもらった2~3本の枝を挿し木して育てた。
玄関横で今頃梅雨に濡れながら
真っ白な花が清楚で綺麗だったな。

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そうそう、元職場でも沢山のクチナシが咲いて
11月になると、その実が沢山出来て
貰って帰った。

お正月料理の栗きんとんに入れると
黄色が色鮮やかに仕上がると言われた。

栗きんとんなんて作った事ないよ。
仕方がないからイモきんとんに入れてみた。

ウーム!
多少、イモの黄色が綺麗?

結局分からなかったのだけれど
クチナシというだけで
思い出が沢山あるものです。






by maehimawari | 2017-06-20 14:01 | Comments(8)